タランテラを踊るための方法
ストーリーを教えてもらうスレ暫定Wiki - BAROQUE▲SYNDROME
このゲームは「バロック~歪んだ妄想~」で大熱波と呼ばれる災害が起こる前の世界が舞台となっている。
ある年、少年少女の自殺が多発した。彼らに共通するのは、いずれも強烈な歪んだ妄想を抱えていることだった。
こうした現象について、あるコメンテイターはこう答えた。
「彼ら自殺者の妄想は、荒唐無稽なようでいて、不気味なほど生理的で圧倒される説得力がある。バロックだ。」
このバロックという単語は人々の間で爆発的に広がっていった。
動機が意味不明の犯罪は、すべて「バロック型」として括られるようになった。
バロックを抱えたものが増えれば、それを商売に利用する者も現れる。それがバロック屋と呼ばれる者たちだった…
■基本用語
・バロック …はるか昔に流行した壮大で華麗な様式を、現代の自殺者の物語に見立てた言葉。
転じて、歪んだ妄想の虜となった者や、その妄想自体をさす言葉として使われている。
詳しくはwiki内の「バロック~歪んだ妄想~」の項を参照。
・バロック屋…バロックに取り付かれた者に、有料で、彼らの望む妄想の物語を創ってあげる人たちのこと。
また、その内容を遺書にしたためてやることもある。そのため自殺幇助ではないかと世間に非難されている。
最近では政府も本物のバロックを使った囮捜査をするなど、積極的に取り締まりに乗り出している。
・グログロ殺人事件…最近増加している猟奇殺人事件のこと。
被害者が肩から体をふたつに斬られたり、食いちぎられたような痕があったりと 、
遺体に人以外の力で破壊された痕跡がある事件をこう呼んでいる。
バロックに囚われた人が起こす「バロックマーダー」とは区別される。
・ゼロ地区…安全レベル0の地域であることからその名がついた地区。
非常に危険ということで通常地区から隔離されている。最近、グログロ殺人事件が発生した。
・異形…明らかに人とも動物とも植物ともつかない異様な姿をしたモノ。とても凶暴。
グログロ殺人事件はこの異形の手によるものだと言われているが、物語序盤では政府にその存在が隠されている。
・マルクト教団…最近活発に活動している新興宗教団体のこと。
彼らは自らを偽装天使と呼称しており、またその背に偽翼と呼ばれる偽者の翼を背負っている。
ち� ��みに偽翼が大きい天使ほど教団では高い階級にいる。
詳しくはwiki内の「バロック~歪んだ妄想~」の項を参照。
・金沢キツネ
このゲームの主人公。バロック屋を営んでいる。
・渡辺ルビ
生涯プーを自称する少女。ゼロ地区で起きた「グログロ殺人事件」の生存者。キツネと行動を共にすることになる。
・鈴木スズメ
キツネの親友である音楽プロデューサー。凄腕のハッカーという顔も持つ。
・宮坂文(フミ)
キツネも元に客としてやってきたバロックの少年。趣味は放火。彼がキツネに「タランテラのメロディ」を渡すところから物語は始まる。
・高田タスク
スペシアル・ハンター(異形殺戮部隊)の一人。
異形を抹殺することが使命の特別公務員で、異形に襲われているキツネたちを助ける。
キツネはバロック屋という非合法な商売をしている。
今日もキツネのもとにはバロックを抱えた一人の少年がやってきている。彼はフミというらしい。
フミは放火が趣味で、だから自分のバロックも燃えていると語っている。
こういうタイプには定番の滅亡のバロックがいいだろう。
キツネはいつものようにキーボードの上に指を走らせ、フミに合うような物語を創りだした。
「するとこちらでしょうか。宮坂文は自分を神経質に決めようとする世界に復讐するため、自らとともに世界を焼く」
"復讐"はバロック達の大好きな言葉の一つだ。これならきっとこの少年も気に入るだろう。
だがフミはこの提案を却下した。どうも逆で、彼は「世界を燃やすことで、世界を救おう 」としているらしい。
普通、フミのようにはっきりした妄想を持っている人間はバロック屋にはこない。バロック屋に来るのは漠然とした妄想しかもたない奴らだ。
「感覚球。天使。……異形。ねえ、本当にわかんないの!?」
どれも普段は聞きなれない言葉だ。キツネがすっかり困っていると、
「なら、これ聴いてみて」
そういい、フミは一枚のディスクを差し出した。どうも聴くと「世界が違って見える」ようになるらしい。
フミはここには自分のバロックは無かったといい、ディスクを放置し立ち去ってしまった。
「タランテラのメロディ…か」
キツネは普段ならバロックの話を真にうけるなんてことはしない。が、フミの言葉は何故か心に引っかかってしまっていた。
とりあえずディ� ��クを再生しようと思い、プレイヤーに入れてみたが再生しない。パソコンでやってみてもプロテクトがかかっててやはり再生することは出来ない。
しかたがないので、キツネはこういうことに詳しい友人のスズメの元に向かうことにした。
キツネが街を歩いていると不意に二人組の女子高生の会話が耳に入った。
どうも知り合いがゼロ地区に出入りしているらしい。その話に前にキツネの顧客だったメグという少女の名がでてきたので、キツネは思わず女子高生達の前に出てきてしまった。
女子高生達は突然現れたキツネのことをストーカーだのバロックだの言い放題。
このままだと警察に突き出されそうになったので、キツネが反論しようとしたその時、
「キャー!」
突然、耳をつんざくような悲� �が聞こえた。
(ここで逃げるとルビ編へ、悲鳴の聞こえた方へ向かうとリエ編へ分岐する)
キツネは逃げ出すチャンスとばかりにスズメの家に向かった。
スズメの家は機材も家具も何もかも黒を基調としたもので溢れていた。
「で、今日はなんの用だ?」
キツネはフミの残したディスクを取り出して、
「フツウのやり方じゃ音がしないんだ。スズメなら、どうにか聴けるんじゃないか?」
「プレイヤーが壊れてるんじゃね-の?」
キツネはとりあえずディスクを入手した経緯からスズメに説明することにした。
スズメはバロックの少年の言ったことを信じているキツネを軽く馬鹿にしたが、
「でも妙にひっかかるんだ……感覚球……天使……異形……」
キツネがそういうと、キツネからディスクを受け取り、しばらく黙って手の中でもてあそんだ。
とりあ� �ずスズメもディスクの再生に乗り気になったが、キツネにその前に見て欲しいものがあるらしい。
『BAROQUE』というファイルらしい。名前からして怪しい。
中にあるのは『知覚/感覚球調査中間報告』 と書かれた書類だった。政府スジの研究機関のシークレットらしい。
それに書かれたことをまとめると、
感覚球と呼ばれる球体に接触したと思われる人間の多くが幻覚や妄想にとりつかれている。
我々の現在の技術では、感覚球の被害を阻止する方法はまだ発見されていない。
しかし、こちらからその存在を探知することは可能だ、という提案がある。
と、いうことらしい。また、感覚球の探査システム「知覚」の発案者らしい偽者の翼を背負った若い男の画像がついていた。
フミが残した3つの単語、感覚球・天使・異形。このうちの2つがこのファイルと一致している。
フミはいったいどうやってそんなシークレットを入手したんだろう か?
もしかしたらディスクを聴けばその謎が解けるかもしれない。スズメはディスクをドライブに入れてみた。
スズメが推測するに、政府はわざと感覚球の情報を流している――暗に警告を発するためだ。
そしてもう1つ、今ネットで話題になっているゼロ地区の化け物。それが実在しているらしい。
政府ではその化け物を異形と呼び、その存在を公にするのを避けているのだ。
スズメがそこまで語った、その時、突然スズメはうめき声を上げ、そのまま意識を失ってしまった。
すると、部屋じゅうを飲み込むような深い息づかいの音がして、視界がぐにゃりとゆがみ、赤黒い球体が周りを埋め尽くした。
――感覚球!?
ほんの一瞬で異変は収まった。が、以前スズメは倒れたままだ。キツネ はすぐに救急車を呼んだ。
その後ディスクを調べてみたがフォーマットされたのか何も聴こえない。
変わりに醜悪な化け物、おそらく異形と呼ばれるものの画像を手に入れた。
ただし、ディスクから再生した音楽のことは覚えていた。
それは単純な音楽だった。……踊る病気を治療する音楽……タランテラのメロディ。
「けど、音が聴こえたと思ったのは数秒だった。音といっしょにオレの体が溶けて広がった……オレは一瞬、あらゆる場所にいた」
"あらゆる場所にいた"はバロックになりかけの人間がよく語る言葉だ。
スズメの精神状態は危ない。キツネは倒れた時に頭をぶつけたかも知れないから2、3日入院するよう言ってその場を去った。
別れぎわ、「オレはもう一度アレを再現する」といったスズメの目がバロックの目に見えたのはキツネの気のせいだった� ��だろうか…
事務所に戻ったのは夜になってからだった。
ドアを開けるとパソコンの前に一人の少女が座っていた。商売柄見られては困るデータが多い。
キツネは少女を刺激しないよう、客として扱い、油断させることにした。
少女は自分を宝さがしのバロックと偽ったが、結局キツネに取り押さえられることに。
少女の名は渡辺ルビ。異形の画像目当てに忍び込んだらしい。
彼女は昼間キツネをストーカー呼ばわりした二人組の女子高生の片割れで、メグの知り合いだという。キツネのこともメグから聴いたそうだ。
キツネがメグが元気にしているかと尋ねると、ルビはメグはグログロ殺人事件で死んだと語った。
ルビもその事件の際に現場にいたらしい。ルビは証拠として背中の傷痕をキツ ネに示した。
背中には生々しい傷が二つ刻まれていた。もしも天使が本当にいて、翼を引きちぎられたらこんな傷痕になるのではないだろうか。
フミの言葉にあった「異形」――それに遭遇したルビ。
「画像データは持っていないが、異形の話は聞いたことがある。事件のあった場所へ連れていってくれるなら、情報提供してもいい」
ルビの話に興味を持ったキツネはそう嘘をついて(キツネは本当は画像を持っている)ルビに事件現場へ案内させることにした。
そのまま薄暗い通路を進んでいくと防火扉があり、その先には地下へと続く狭い階段があった。そこを降りると大きな鉄の扉があった。事件がおきたのはこの先の部屋らしい。
その部屋には生々しい血痕が残されていた。ここでメグと他に3人が死んだらしい。
そう語るルビにいたたまれなくなったキツネはふと足元を見た。すると茶色いカマキリの卵状の物体が目に付いた。よく見ると部屋のあちこちに同じものが散らばっている。
おかしい、さっきまで何もなかった場所にまで、薄茶色の泡のかたまりがくっついている。…増えているのか?
「行こう。ここを出るんだ、ルビ!」
妙な胸騒ぎに襲われたキツネは話を続けるルビを止め、部屋の出 口に向かった。
扉の取っ手を泡がびっしり覆っている。今にも幼虫が出てきそうだ。キツネは近くにあった棒で泡を叩き落そうとしたが、その時――
「うわ!」
キツネ達の前に巨大な何かが振ってきた。上半身は裸の女だが下半身は茶色の泡に覆われた化け物の姿――異形だ。
二人は異形の攻撃をよけながら部屋の奥へ逃げこんだ。しかし、もうこれ以上逃げれない。
「殺せば!?もう、さっさと殺せばいい!」
そういいルビが異形の前に飛び出した。異形はルビに狙いを定めて攻撃した。
その時ルビの上にあったスプリンクラーから水が漏れてきた。水に弱いらしいこの異形は悲鳴を上げた。
キツネはこれを見逃さず、その場にあったもので即席火炎瓶を使い、センサーを反応させ、大量の水を 異形に浴びせてやった。
そのまま二人は異形が再生する前に大急ぎで外へ出た。
外は雨。これなら異形も追ってこれないだろう。
どこからか聴きなれない警報が聞こえてきた。キツネは好奇心を抑えきれず、音が聞こえてくる方向へ近づいていった。
そのまましばらく進むと、目の前に奇妙な物体が現れた。血の涙を流した巨大な赤子姿の異形だ。
二人はゼロ地区の奥へ逃げだした。しかし、大きさの割りに素早い異形に追い詰められてしまう。
絶体絶命。だが、その時、何処からか放たれた銃弾により異形は倒されてしまった。
しばし呆然とする二人の元に、白い光といっしょに男が近づいてきた。
「僕はスペシアル・ハンターの高田タスクっていいます。異形殺戮部隊って仰々しい言い方も� �りますけどね」
タスクはそういい笑顔を向けた。彼が言うにはスペシアル・ハンターとは警察より傭兵に近い非公認の部隊らしい。
しばらくすると、数人の男がやってきた。タスクと同じスペシアル・ハンター達だ。男達は異形の死体に近づくとそれを解体し始めた。
あらたか解体し終えると、男達のうち、リーダー格の者がキツネたちの元へやってきた。
男は自分のIDを示し、二人にもIDを提示するよう求めた。男のIDには特別公務員の印があった。どうやらタスクが言っていたことは本当らしい。
キツネは仕事柄用意している表向きのIDを示した。
男は磁気ホルダーにカードをすべらせ、キツネに今日あったことを他言しないよう求めた。
無理に存在を隠すより、異形を目撃した人間のIDをチ� �ックして、今後の動向を監視するつもりらしい。
その時、ウッウッと、キツネの背後でルビが嗚咽をもらした。バラバラにされている異形のために泣くルビに、キツネはかける言葉が見つからなかった。
事務所に帰ってきたキツネは逃げ回る際、雨に濡れたせいで風邪を引いたらしいルビに風邪薬を飲ませた。
キツネは体を暖めてすぐに寝るよう告げると、そのままルビをタクシーで家に帰らせた。
ルビ編の残り(第2章、第3章)は土日の間に投下できると思います。
残りのリエ編、アミ編1、アミ編2、レイカ編はもう少しかかりそうです。すみません。
あれから幾日が過ぎたのだろう?
ルビはあの事件以来、事務所に入り浸っている。今もテレビの前にかじりついているところだ。
テレビではスペシアル・ハンター結成のニュースが流れている。これは政府による異形の恐怖をごまかそうという戦略の一環だろうか。
だが、こんなニュースじゃバロックたちは騙せない。
異形の存在が公表されてからというもの、キツネの元にはすでに13人の来客があった。
そのほとんどが、死ぬこと、殺されることに関係するバロックだった。
キツネはそのたびに彼らはアンドロイドであり不死であるから、異形に殺されることはない、というバロックを与えていた。
似たようなバロックばかり与えているが、仕方が無い。客が多すぎて間� �合わないのだ。それに今のところ苦情は来ていない。
「ふーん、簡単なんだ。わたしもやってみようかな、バロック屋」
ルビは銃を教える代わりに、バロック屋の修行をさせるよう要求してきた。
キツネは、あの日異形のために泣いた少女と、今目の前にいる少女がほんとうに同一人物なのかと呆れた。
「でも、銃は必要じゃない?いつ異形にやられるかわからないし。それに最近気になるウワサがあるの知ってる?」
どこから拾ってくるかわからないが、ルビの提供する情報は聞く価値がある。キツネは耳をかたむけた。
ルビがいうには『天使があちこちに出没している。天使を見た人はいくつかの試練を受け、それをパスすると自分も天使になれる』ということらしい。
――まるでバロックだ。
しかし、この話をバロックの人にすると、みんな本気で怖がるそうだ。
バロックは人の話をほとんど聞かないはずなのに、だ。これはおかしい。
ルビはそこまで教えると情報料を要求してきた。キツネは戸棚にあったケーキでごまかした。――単純だ。
こうしてみると、ルビはどこにもいる普通の少女にしか見えない。
…コンコン。
来客だ。ルビはすばやく机の下に隠れた。
入ってきたのは、黒い喪服を着た少女だ。指先の震えからバロックだと想像はつくが、ヴェールのせいで表情が読み取れない。
「このお店で、私のバロックを引き取ってもらえないかしら?」
彼女は不死のバロックを持っているらしい。
今は異形騒動のせいで不死のバロックが不足している。できることなら欲し い。
キツネはバロックの物々交換を申し出た。
少女はその申し出を了承すると、黒い封筒をキツネの前に差し出し、
「明日、また来ます」
最後まで名乗ることのないまま出て行った。
『私は不死の一族の末裔である。しるしはその名前の中にある。
1000人が乗る船が波に飲まれたとき、山が火を吹き街が炎に包まれたとき、そして魔物が人々を襲うとき、
いつも死なないのは同じ名だ。力を得て名を与えられた者は不死となる。ただし誤ってその名を呼ぶ口は封じられる……』
厄介なバロックだ。
不死の名前を名乗るには力、つまり何かの条件が必要だ。このバロックはいわば前編で、交換するなら、正しい名前と不死の条件を備えた後編しかない。
ただし、それがもし正しいものでないならば……不死の名前は呪いの呪文になって、誤った名を呼んだ者の口を封じる。つまり失敗すればキツネは死ぬことになるのだ。
これを解くには、まず、� ��前が不死だということが何をさすのか考えなければならない。
そもそも名前が死ぬとはつまり、『忘れ去られること』だ。ということは不死の名前とは『永遠に忘れ去られない名前』だ。
――わからん。
そもそもあの少女はどうやって失敗したキツネを殺すつもりなのだろうか?
「できれば、痛みの少ない方法にして欲しいもんだ。蜘蛛の毒なんかいいかもしれない。あれは神経性のもんだからきっと……」
「もっとマジメに考えなさいよ!」
突然、ルビは立ち上がって叫んだ。
「わたしはキツネのこと心配して…もう知らないッ!」
事務所を飛び出していったルビは、少し泣いているようにも見えた。
少女は昨日と同じ姿でキツネの前に現れた。
「さあ、私の名前を呼んでちょうだい」
しかし、キツネには答えがわからない。当てずっぽうで答えようとしたその時、
「キツネ、言っちゃダメ!!」
ルビが飛び込んできた。
「ねえ、あなたが不死になる名前はミラルカね。必要な力は血と夜に咲くバラ」
そんな簡単な答えではないくらい、ルビだってわかるはずだ。
しかし少女は悔しそうに唇を噛んだ。
少女が手にしたハンカチから蜘蛛が落ちてきた。蜘蛛はルビのヒザの上に落ち、とたんにルビはその場に崩れる。毒蜘蛛だ。
倒れたルビに駆け寄ったキツネはその時、すべてを悟った。
名前が不死の力を持つ条件は誰かの犠牲だ。犠牲者の� �前を奪うことで、命を継ぎ足していくのだ。
「だから、ルビを殺したお前の名前はいまからルビだ」
ヴェールを脱いだ少女の目はバロックのモノではなかった。
キツネは失敗しなかった。だから殺すことは出来ない。少女は逃げ出した。
その背には、小さなフェイクの翼があった。
「ルビ…」
キツネはただ、自分の身代わりに死んだルビの傍に立ち尽くした。ところが、
「よかったね。うまくいって」
ルビはあっさりと起き上がった。
「わたしはタランテラの毒じゃ死なないもん」
タランテラ、少女の背にあった天使の翼――。すると、これが"試練"なのだろうか。
キツネが考えているといきなり地震が起こった。
今年になってから、妙な揺れが頻繁に起こっている。原因は例� ��よって調査中だ。
その時、誰かがドアをノックした。不気味な揺れはおさまった。
スルリとドアを抜けるようにして入ってきたのはフミだった。
キツネはじっとフミの様子をうかがう。バロック特有の目。泳いだ視線。初めてここにきた時と、何一つ変わっていない。
「僕は世界に放火してしまった。僕の火で、バターみたいに世界が融けてる」
「で、何がかわいそうなの?」
ルビがいきなりフミに言った。
「鈴木スズメ。スズメはマルクトに選ばれてしまった」
「マルクト、どういうことだ?」
「…シ…シシ、神経塔」
シンケイトウ?聞き覚えがない言葉だ。
ふとキツネがみると、ルビとフミはよくわからないことを話していた。
「あなたは、スズメを追いかけなければいけな� �よ。
スズメはあなたのかわりにタランテラに噛まれて踊る病気になった。僕は蜘蛛の糸の先をあなたに預ける。糸をたどって、病気を癒すメロディを見つけてよ」
フミはキツネに向かってそう言い放った。何故フミはスズメのことを知っている?
「スズメより、あなたのことをよく知ってるよ。キツネ」
そう言い残し、フミは去っていった。
キツネは不安になったので、スズメのいる病院に電話をした。
しかしスズメはいなかった。スズメは失踪してしまったらしいのだ。
スズメが行きそうな場所――キツネには自宅しか思いつかない。
ということで二人はさっそくスズメの部屋に向かうことになった。
「初対面」
エレベーターが止まった。もうスズメの部屋はすぐそこだ。
キツネは一応、ノックしてみたが返事はない。
当たり前だが、扉には鍵がかかっている。IDチェックのオートロックだ。
「じゃ、私のIDであけてみようか」
ルビはスペシアル・ハンターにID見せた後、IDを捨てたんじゃ……
ルビはカードをキースペースに差し込んだ。…開いたようだ。
フミといいルビといい、いったい何者なんだろう?
部屋の中は無人だった。荒らされているようだ。
スズメの手がかりを探すべく、キツネは壊されていないパソコンを調べてみた。
「このファイル『キツネへ』って書いてあるよ」
クリックするとパスワード入力画面が現れた。キ ツネは迷わず『BAROQUE』と打ち込んだ。
『キツネへ。オレは、あらゆる場所にいるためのメロディの再生に成功した。
キツネにも聴かせてやってもいい。けど、その前にオレが感覚球がらみで集めたネタを見せてやる』
最初のバロック・マーダーといわれる"放課後屋上殺人"を筆頭に、文書だの画像だのといったデータの博覧会が続いた。
キツネはその中から"マルクトという単語を見つける。
――マルクト。現時点では小規模の宗教集団。信じることで神に救われるとするこれまでの宗教とは違い、
マルクトでは、神は我々が守らなければならない存在であり、守ることにより人は癒される、という教えを説く。守るべき力のある人間は限られている。
よって、マルクトは積極的な広報活� �を行わず、教団内の特定の地位にある人間が、教団に加えたい人間を調査して選び、勧誘する方法をとっている・・・・・・。
画面の脇に、羽の絵の小さなアイコンがある。
『マルクトは怖い。マルクトに気をつけろ』
スズメは恐れて警戒していたマルクトという宗教団体に"選ばれて"しまったというのだろうか? いや、マルクトは教団というより秘密結社に近い。
その時、ルビがあるものを見つけた。
天使の…羽だ。よく見ると、部屋のあちこちに羽が散らばっている。
やはりスズメはマルクトの天使達にさらわれてしまったようだ。
「んっ…!」
画面の下に『タランテラのメロディ』というファイルがある。キツネは念のため、それをディスクにコピーしておいた。
『マルクト』『天使』『異形』の3つについて調べてみたが、めぼしい情報は得られない。
キツネが大きなため息とともにパソコンの電源を落とそうとした、その時――
「ん?」
1通のメールが届いたようだ。
件名:神経塔へのご案内。
いつもマルクトをご愛顧いただきましてありがとうございます。
つきましては、ささやかなお礼としてキツネ様をマルクトの本部へご招待したく思っておりますので、 お早めに下記アドレスへお越しください。
なお、ゲートの通過に必要なコードナンバーは108B49Zとなっております。
あまりに怪しい。しかしこれ以外に手がかりがないのも事実だ。今のところ、イニシアチブを握っているのは マルクトの方なのだから。
「いくしかない…か」
「そうこなくちゃ。スズメさんを助けなくちゃね!」
ルビはにっこりと微笑みかけた。
キツネはルビの存在に自分が救われているということを、ふと、思った。――その時だ。
ドドドドドドド…ゴオオオオオオ!
「なんなのよ!」
「しゃべるな、舌をかむぞ!」
激しい揺れで部屋中のものが散乱していく。
「もう、ヤダ!さっさと終わらせてよ!」
ルビが悲鳴にも似た叫び声を上げると、揺れはウソのようにおさまった。
「あーあ、メチャクチャ…」
後で片付けることを考えると…キツネはめまいに襲われた。
二人は地震の被害状況を確認するべく、テレビをつけた。
『先ほどの地震の震度は…』
派手な揺れからをしたわりには、国内の被害はたいしたことなかったらしい。だが、どうやら海外では大きな被害が出たようだ。
「あそこに住んでた人にとっては世界の終わりだね」
キツネは銃をベルトにはさみ、ナイフと小型の火炎放射器をバッグに入れた。
そして、スズメが残した切り札――タランテラのメロディが入ったディスクプレイヤーをポケットに入れた。
「行くぞ、ルビ」
"都合によりしばらくの間休業します"
メッセージをドアにかけ、二人は神経塔に出発した。
夜の街の光景は変わっていた。
バロックがあちこちに出没し、フェイクの翼を背負った男女がごく普通に通りを歩いている。
マルクトは目に見えて存在を大きく� ��ていた。教団としての活動はほとんど公開していないにもかかわらず、信者になりたがる人間は多いらしい。
「スズメがマルクトに殺されている可能性はないのか?」
「うーん、それは無いと思う。だって、天使の仲間にするためにさらったんでしょ?殺したらイミないよ」
すると、ありえるのは洗脳か。
「急ごう、ルビ」
二人はタクシーに乗り特別地区に急いだ。
「あれじゃない?メールに書いてあったゲートって」
特別地区へは島から放射状に伸びている橋を使うことになっており、その橋はゲートをくぐらないと渡れない仕組みだ。
その時、堤防の上にフミが現れた。
あのメールを出したのはフミだったのか?だがフミは違うといった。
「キツネが試練をクリアできるかどうかは、見ておきたいんだ」
「キツネ、囲まれてる!」
いつの間にか二人は、金属の槍を構えた信者達に囲まれていた。
キツネは信者の後ろに異形の姿を見つける。
――何故、マルクトとともに異形が!?
異形の後ろにいた格上の天使の青年の合図で信者がいっせいに槍を振り上げ� ��。
キツネは銃を構えようとしたが、異形につかまれて身動きできなかった。
「ぐあああぁっ!!!」
今にも握りつぶされそうなキツネ。ルビはとっさに手に持ったナイフを異形に投げつけ、キツネを助け出した。
「頼む、レイカ、暴れないでくれ…しかたがない…」
レイカ?あの異形には名前があるのか?
青年はフェンスの上に飛び移った。それからフミとしばらく会話した後、奇妙な銃を異形に撃つ。弾は異形の後頭部に当たった。
すると、異形が激しく暴れ、火球を吐き出した。それにより、信者の一人が炎につつまれる。
火球は放置していたキツネの荷物にも当たった。中身は小型の火炎放射器だ。
もう一人の信者を巻き込んで火はさらに広がっていく。
キツネは異形を狙って 銃を撃ったが当たらない。しかたがないので、火の中なおも狙ってくる信者達に狙いを切り替えた。
あっという間に弾が切れてしまうが、補充する時間はない。
その時、遠くからヒュルルという音がした。キツネはとっさにルビを抱えて地面に伏せた。
空から降ってくる異形と巻き込まれた不運な信者の肉片と血の雨で火の勢いが弱まる。
どうもスペシアル・ハンターがきたようだ。翼の青年とフミは何処かへ消えていった。
ハンターたち道路に散らばる肉片の後片付けを始めた。
キツネの元にタスクが歩いてくる。
「あの連中は助けなくていいのか?」
「そのうち、マルクトから引き取りにくるでしょう」
タスクがいうには、ハンターはマルクトに不干渉であり、入信が報告された時点で� ��ベーシックIDが削除されるから、助ける必要がないそうだ。
常識では本人が望んでも死亡以外ではIDは削除されない。
ということは、国が徹底的にマルクトに関知しないようにしているか、マルクトが国上層部にまで影響力を持っているかのどちらかだが…
「僕はあなたが異形に襲われた事情を上に報告しなければなりません。以前申告されたIDによればあなたは――あ!」
二重IDがバレるとまずい。
「悪いな、タスク」
二人は大急ぎでその場から逃げ出した。ゲートまで後すこしだ。
キツネは[108B49Z]と入力した。ゲートが開く。
「ハンターが来たわ!」
特殊車両からタスクが銃でこちらを狙っている。
キツネはいそいで走り出したが、ルビはゲートのボタンを押している。コードの変更だ。
ハンターたちはキツネたちを追おうとしたがゲートが閉じてしまう。
タスクが本当にキツネたちを殺そうとしたのかはわからないけど、キツネにはタスクが困ったような顔をしているように見えた。
「もう聞いていいか?おまえがただのプーのわけはないな。何のために私に近づいた?何故、ここまで一緒に来たんだ?」
「…それはアイツに聞いてくれる?」
フミだ。ヘッドホンのようなものを耳にはめている。
「ここへ入るなら、これを� ��けないと危険だ。…そのままだと、神の悲鳴でたちまちバロックにされるけどいいの?」
キツネとルビは忠告に従い、ヘッドホンをつけた。
「ここは神が近いせいで歪みも大きい」
フミは語る。この国はマルクトがどうにか守っているから、歪みが比較的少ない。多少地面が揺れる程度だ。
天使は神を守る存在。異形は神に見放された者たち。
「ルビとフミはやっぱり知り合いだったんだな。あの時は初対面だと言っていたが」
「会ったことのない知り合いもいるでしょ」
つまり、フミに例のディスクを渡されてから起こった全てがマルクトの試練だったのだ。
「それで、とうとう最後の試練。スズメはこの奥でキツネを待っている」
三人は巨大な建物の前にやってきた。神経塔だ。
そし て、地下深くへと続く巨大な螺旋階段をおりていった。
フミは翼こそないがこれでも偉い天使らしい。
「ルビと僕は夢と理性を二人で一つ分しか持っていないからさ」
階段はとても長かった。キツネが例のディスクを聴かなかったからルビがキツネの元へやってきたらしい。
ルビがIDがなくても生活できたのはそのせいか…
「背中の傷もウソだったのか?」
「傷?…その夢は共有していないな」
フミはルビの傷のことを知らないようだ。
「だって、あれは私とキツネだけのバロックだもの」
階段はまだ続いていたが、フミは途中の扉を開けた。
「私はお前を助けるために…」
「助ける?俺が人に助けられなきゃいけないハメに陥ると思うのか?
…俺はタランテラのメロディを探るうち、神と天使の存在を知った。そして俺には、天使以上に重大な役目があることを知った」
――スズメは洗脳されてしまったのか?
「行こうか?」
「どこへ?」
「決まっているだろう。神の所だ」
キツネが振り返ると、フミの姿はなく、ルビが倒れていた。スズメがいうには"先にいった"らしい。
「先に行った…?魂が肉体を抜け出して?」
「それはタランテラのメロディに導かれてくる者なら、知ら� ��い言葉だ」
キツネがもう一度"魂"というとスズメが取り乱した。
「駄目だ!やはり試練は中止だ!」
キツネが声が聞こえるほうを振り向くと、人間が二人降りてきたのが見えた。
一人はさっき会った翼の青年。もう一人はさらに大きな翼を背負った神経質そうな金髪の男――上級天使だ。
「やはり、この男は規格外の失敗作だ…選ぶなら、なんで最初からこっちが選ばれなかったんだ?」
「さあ。僕と同じで、誤差の範囲ではないでしょうか」
「偽物の神なら誤差も出るだろうな」
キツネがそういうと青年は少し顔色を変えたが、上級天使は眉ひとつ動かさなかった。
「誤差なら、修正すればいい」
上級天使はそういい、銃口をキツネに向けた。
スズメは上級天使に詰め寄ったが、� ��手にされず、上級天使の命令で青年に何処かへ連れて行かれた。
「祈り?くだらないな」
さっきまで眉ひとつ動かさなかった上級天使の表情が曇る。
――上級信者のくせに自分たちの教えを否定するのか?
上級天使がキツネを撃とうとした、その時、さっきまで倒れていたルビが身をのりだした。
ルビを撃った上級天使は続けてキツネを撃とうとしている。キツネはとっさに銃を取り出して撃とうとしたが、弾が入っていない。
そのまま銃を上級天使目がけて投げつけた。
「チッ…!」
銃は上級天使の翼を突き破った。上級天使が舞い散る羽に気を取られている隙に、キツネは銃を奪い取ることに成功した。
そして、上級天使が態勢を立て直すより先にその銃を構え る。
「ルビ…」
だが、答えはない。ルビはもう息たえていた。
"おまえがマルクトの手先だとしても、けっこう楽しませてもらったよ"
キツネは心の中でそうルビに語りかけると、ルビの亡骸をその場に寝かせて背を向けた。
胸ポケットの感触を確かめた。ディスクはしっかり入っている。キツネはそれを取り出した。
「タランテラのメロディだ。おまえたちマルクトが信者達を洗脳するためにこれを使ったのはわかっている。
…でも、私は知っている。踊る病気の治療法は死ぬまで踊り続けることなんだ。つまり、このメロディを聞き続ける事で洗脳から醒めることも出来る。違うか?」
上級天使はわずかに片眉を上げた。
「…洗脳だと?まだ我々がそんなことをしていると思うのか?」
� �キツネがプレイヤーの再生ボタンを押そうとした、その時、上級天使は駆け出し、突き当たりの壁に手を触れた。
「バカめっ!」
頭上から上級天使の声が聞こえた。照明が落ちた。
武器を構えた信者達がやってくる音が聞こえる。
『そのまま、右へ26歩走って。手を伸ばせば、螺旋階段の入り口が開くわ。それから、31回まわって下りたところの扉を開けて』
「ルビか!?」
『急いで!』
キツネはルビの言葉に従い、右へ26歩走り、螺旋階段へ飛び出した。信者達が迫ってくる。キツネは急いでルビの言っていた部屋へ駆け込んだ。
その部屋は壁にも天井にも機械が埋め込まれいた。中央には、フミと、キツネに銃を向ける翼の青年がいた。
やはり、試練だったのか?ルビの声とフミの意識を使い� �していたのか?
青年はキツネにディスクを再生してみるよう言った。キツネの説が正しいなら、青年の洗脳がとけて、キツネは殺されずにすむと。
「キツネ…この人は、わたしやキツネの仲間よ。わたしたちはマルクトの失敗作で、この人は…」
「黙れ。それ以上言えば世界が燃える」
意識の共有。キツネは少しゾッとしたが、かまわず、ディスクをセットした。
音楽が流れるや否や青年は耳をふさいで、その場に崩れた。
『緊急事態。最深部のシステムに異常発生。循環液が流出します』
螺旋階段のはるか下から水が迫ってくる。
キツネが一度だけ後ろを振り返ると、フミがばいばいと手を振っているのが見えた。
「キツネが失敗作でよかった」
それがルビの言葉かフミの言葉か、もうわからない。
階段の途中にスズメがいる。
キツネはスズメに一緒に逃げるよう言うが、スズメはやるべきことがあるからいけないという。
「やるべきこととは何かを、いつか、聞かせてもらうからな」
「ああ、上の世界でな」
キツネはもう振り返らず、ひたすら上を目指した。
階段も一階あがるごとにメロディに崩されていくようで、ついに音と水とにのみこまれる。
水の中、キツネは幻を見た。
水は神の涙で、死んだはずのルビが水� �中を漂っている。そのうち背中の傷から本物の翼が生え、ルビは翼を広げて、光る世界へのぼっていくのだ。
神のことも世界のことも、なにひとつ知てることはできなかったが、あの少女を少しの間楽しませ、帰るべき場所へ解放することの成功した。
――これが私のバロックだ。人にバロックを売ってきた私が、やっと自分のバロックを手に入れることができたのだ。
キツネは意識がタランテラのメロディと混じり合い、水に溶けかされていくのを感じた…
キツネがタスクたちに発見された時、見知らぬ青年に抱えられていたという。その青年は「羽は捨てた」とだけ答えたそうだ。
回復後、キツネは色々と取調べを受けたが、マルクト不介入の規律に従い、青年のことは追求されなかった。
マルク� ��は滅びず、むしろ前より勢力を増していた。
キツネには、マルクトの翼は不安な現実という地面から逃れるための翼に思えた。
スズメからは今のところ連絡はない。
しかし、キツネには厳しい監視がついているため、もう神経塔へは行けない。できるのは無事を願うことだけだ。
キツネはタランテラのメロディを聴いてしまったため、語るべきバロックが終わっている。
もしも、あの青年に再び会うことが出来たら、あらゆる場所や世界について、答えを聞かせて欲しい。
願わくば、世界が燃えてしまう前に。
ルビ編(終)
■リエ編・アミ編・レイカ編(第1章の共通部分)
キツネは悲鳴の聞こえた方へと走った。
「たしか、あの路地の向こうからだった…」
「キャッ!」
ぶつかった相手は女子高生だった。服装から判断するに、さっきの二人組とは別の学校の生徒らしい。少女はひどく怯えているようだ。
「君の悲鳴を聞きつけて来たんだが…」
「ヤツらの仲間?」
バロックの存在が公認されてからというもの、それをよそおうニセバロックと呼ばれる連中が現れた。この少女もニセバロックか、とキツネは思った。
「あたし追われているの」
誰に追われているのかと尋ねようとした時、キツネは少女が怪我をしていることに気がついた。少女― ―リエが言うには、自分で傷つけたわけではないらしい。
その時、キツネの携帯がなった。相手は…スズメだ。
『キツネ。面白いものを見つけたぞ』
どうも、今ハックしているもののことらしい。
『B・A・R・O・Q・U・E…っと』
パスワードを入力して、ファイルを解凍している。スズメ曰く、このファイルは国家機密級のものらしい。
『なあ、キツネ。異形って聞いたことあるか?』
フミがそんなこと言ってたな。興味を持ったキツネはスズメに詳細を尋ねた。
スズメが言うには、ネットでウワサになっている化け物は実在し、政府はそれを異形と呼んでいる、そして、その異形の画像を入手するのに成功したとのことだった。
『ん?…いや、何かのデータが紛れ込んでたんだが…プロテクトがか かっているみたいだ』
「リエといったな。立てるか?」
しかし、リエは答えず、そんまま倒れてしまう。
「スズメ、ちょっとヤバいことになった。道端で女子高生が倒れてる」
『おまえがやったんじゃなければ救急車を呼べ。…んん?なんだ、これは…ううぅぅ』
スズメの様子がおかしい。そう思った次の瞬間、電話の向こうで重たいものが倒れる音がした。
この日、キツネは生まれて初めて救急車を呼ぶという経験をした。
それも1本の電話で2ヶ所に手配するというイレギュラーな形で。
スズメの身に、いったい何が起こったのか?分かっているのは、異形について探っている途中で災難に見舞われたということだけだ。
キツネはリエに化け物のウワサについて聞いて見た。
「いいこと教えてあげよっか。…あたしの友達、ゼロ地区で化け物に襲われたの」
キツネは一瞬言葉に詰まったが、リエはかまわず続ける。
その友達は、この間ゼロ地区であったグログロ殺人の唯一の生き残りらしい。
キツネはリエにその子を紹介してもらえないかと頼んだ。
「かたきを取るなんて古臭いことを言うつもりはないが、スズメをこんな目にあわせたヤツの招待が知りたくてな。これは私の名刺だ」
その時、ベッ� �のスズメがうめき声を上げた。
「ううっ…、タランテラの…メロディを…」
一言だけつぶやくと、スズメは再び寝息を始めた。
――タランテラのメロディ。たしかフミもあの時……ない!確かに入れたはずのディスクが…!おかしい。ここに来るまで、一度もバッグを手放さなかったのに、どうして…
「ああっ、もうこんな時間!帰らなくちゃ!」
「お、おいっ」
キツネの制止も聞かず、リエはさっさと走り去ってしまった。
――やれやれ、女子高生のペースにはついていけないよ。
キツネは眠っているスズメの方を向き直して、
「おまえが見つけた異形とやらのこと、私も調べてみるからな。待っててくれ、スズメ」
と、言い残して、病室を出た。
夜の病院は、不気味なほど静まり返� ��ている。
スズメの入院手続きを済ませて、ロビーのイスに座っていると、どこからか話し声が聞こえてきた。
見ると、女子大生かOLぐらいの娘とスーツ姿の中年男性が言い争いをしているようだ。どうも、芸能人とマネージャーらしい。
…ジロジロと見ていたせいか、キツネの目と娘の目が合ってしまった。
アミと呼ばれた娘はスタスタとキツネの方へ歩み寄ってきた。
「あなた、大切な人をっていますか?」
(ここで話に乗るとアミ編・レイカ編へ、無視するとリエ編へ分岐する)
――ややこしいことになりそうだ。相手にしないほうがいい。
「あなたは大切な人を失うかもしれない…」
不吉なつぶやきを無視して、足早に病院を去った。
事務所に戻ったのは夜になってからだった。
ドアを開けるとパソコンの前に一人の少女が座っていた。商売柄見られては困るデータが多い。
キツネは少女を刺激しないよう、客として扱い、油断させることにした。
少女は自分を宝さがしのバロックと偽ったが、結局キツネに取り押さえられることに。
少女の名は渡辺ルビ。異形の画像目当てに忍び込んだらしい。
彼女は昼間キツネをストーカー呼ばわりした二人組の女子高生の片割れで、リエの知り合いだ。リエが言っていた知人とは彼女らしい。
同じ異形 について調べる者同士、異形についての情報交換を申し出ると、ルビは背中の傷痕をキツネに示した。
背中には生々しい傷が二つ刻まれていた。もしも天使が本当にいて、翼を引きちぎられたらこんな傷痕になるのではないだろうか。
感覚球、天使、異形という、フミの残した3つの言葉。
その"異形"の画像を手に入れた友人のスズメは入院中だ。
キツネはルビに事件現場へ案内してもらうことになった。
事件現場は小さなビルの地下だった。
床には生々しい血の跡が残っている。ここでルビの友人が亡くなったらしい。
キツネは、ふと、血の中に明らかに事件の後についたものがあることに気がついた。二人は慎重にその血の跡を辿っていく。
血痕はカウンターの奥へと続いているようだ 。注意しながら寄ってみると、動いている人の足が見える。
「…追ってきたんじゃないの?」
「リエ!何してんの、こんなところで!?」
リエは追われていると言って何かにおびえていた。どうやら怪我もしているようだ。宙をさまよう瞳――バロックの瞳。
バロック状態の少女を放っておくわけにも行かず、キツネはルビに言われるまま、リエをおぶって外に出た。
外に出ると妙な音が聞こえてきた。ルビ曰く、ゼロ地区にいるとよく聞く音らしい。
キツネたちはタクシーを拾える場所までやってきた。
「わたし、リエを家まで送っていくから、また、後で連絡入れるね」
ルビはリエを連れてタクシーに乗り、去っていった。
翌日、キツネがリエは大丈夫かと考えていると、ちょうど、そのリエがやってきた。
やはりいつも通り怪我をしている。位置的に自分で傷つけたものだろう。
リエはキツネに血のついたカギを2つ差し出した。
"ヤツら"がこのカギを狙っているから預かって欲しいらしい。そう語るリエの目はバロックのそれだった。
そのままリエはふらふらと出て行った。
「あのまま、放っておくわけにも行かないか」
キツネはバロック屋が情報交換に使う裏ネットにアクセスした。
ここではバロックに関するあらゆる情報が充実されており、将来的に客になりそうなバロック予備軍の情報は特に更新の頻度が高い。
リエのデータもその中にあった。
[本名:杉本リエ]
17歳� �聖林高校に在学。
両親は共にケテル製薬に勤務していたが、遺伝子工学の世界的権威である橘博士の実験に参加中、行方不明になる。
行方不明の両親。追跡妄想のバロック。
キツネはこれらのデータからリエのバロックを書き上げた。
そしてリエに先ほど作ったバロックを渡す。それは「白と黒の二匹のライオンを従え、永遠に旅をする」という内容だった。
ライオンは速いから"ヤツら"に捕まらないだろう。満足したリエはキツネに料金を支払った。
「ありがとう。これであたし、永遠にヤツらに捕まらないね」
そう言って突然リエは駆け出した。キツネが慌ててリエを追おうとすると、リエの家の中から物音と助けを呼ぶルビの声が聞こえてくる。
キツネはリエのほうは後回しにして、ルビのほうへ向かった。
ルビは冷蔵庫の脇にいた。手錠で足首を水道管に繋がれている。
リエから受けとった2つのカギのうち、1つがすんなりと手錠にはまった。< br/>「ふぅ…。ありがと、キツネ。…もう一つは何のカギなの?」
「さあな。リエはバロックの保管所のものだと言っていたが…」
「それって、あれのことじゃない?」
ルビの示した先にあったのは冷蔵庫だった。確かにカギがかかっている。
恐らくこの中には、両親との思い出の品の類が入っているのだろう。リエの追われる妄想は、追われたい願望――両親にかまってもらいたい願望の裏返しなのだ。
しかし、冷蔵庫の中にあったのは――
「イヤーッ!」
「なッ!?」
二つの黒い塊――リエの両親だったモノだった。
リエを追っていた"ヤツら"は両親じゃない。両親を求めるあまりにしてしまったことに対する、リエ自身の罪悪感だったのだ。
「…バロック屋のくせに間違えたの?」
� �リエが向かったのは両親との思い出の場所だろう。ルビはリエが小さい頃、ケテル製薬によく行っていた事を思い出した。
「乗りかかった船だ。私も行こう」
「キツネ…!」
元気を取り戻したルビを案内役にして、二人は再びゼロ地区に向かった。
また脳神経に作用する特殊薬では全世界の8割のシェアを占めると言われている。
しかし、目の前の雑居ビルはそんなケテルのイメージとかけ離れたものたった。
「リエーッ!いたら返事してぇ!!」
とりあえずビルに入って叫んでみたものの返事はない。
キツネは二手に分かれて探そうと提案したが、ルビが怖いからやだといってきかないので、一緒に行動することになった。
どの部屋の扉もカギがかかっていたが、"TACHIBANA"と書かれた部屋にはカギがかかっていなかった。どうやら何者かにカギを破壊されたようだ。
部屋の中は荒れていた。リエはいない。
他へ行こうとした時、キツネはそこに� ��感覚球調査報告"と書かれた書類を見つけた。
『感覚球』『知覚』『脳腫瘍への対処』、遺伝子レベルの研究によってこれらの解明を急いでいる、というような一文に。アンダーラインがついていた。
「キツネ、これ何だろう?」
ルビが手にしているのは、いつの間にか失くしたタランテラのメロディのディスクだった。
その時、部屋の入り口あたりで物音がした。そこに立っていたのは…スズメ!?
キツネがライトを向けると人影はすぐに消えてしまった。
今度は下の階から大きな音が聞こえてきたので、二人は急いで下へ向かった。
1階は来た時と何も変わらないようだったが、来た時は確かに閉まっていた資料室の扉が開いていた。
入って進むと壊れた鉄製の扉と地下への入り口がある 。建物の見取り図には地下なんてなかった。怪しい。
二人が下りようとしたその時、強烈なライトの光が二人を包んだ。
光の中やってきたのはスペシアル・ハンターのタスクと名乗る男だ。どうも、この下にある"異形の巣"を探っているらしい。
タスクたちはキツネに早くゼロ地区から去るよううながした。
「護衛は付けられませんが、気をつけて帰ってください。あ、そうだ」
タスクは途中で拾ったという紙切れをキツネたちに見せた。
『蜘蛛の糸が奏でる旋律。操られて踊る少女たち。糸をたどれば、やがて行き着く、神のまします永遠の国』
タスクは紙切れをしまうと、仲間達と一緒に階段を下りて行った。
二人もスペシアル・ハンター達が先に言ったのを確認してから、地下へと� �を進めた。
ビルはもう何年も廃墟になっているのに、ここの機械はまだ動いているようだ。
スペシアル・ハンター達が異形と戦っているのか、銃声と悲鳴が聞こえる。そして、駆け出した二人の前にも異形の姿が。
「とにかく、逃げるんだッ!」
逃げる二人の上に悲鳴とともに血まみれの人が落ちてきた。思わず足が止まる。異形はすぐ後ろまで迫ってくる。
そうそうしているうちに前方に新手の異形が現れた。
二人は進路を変え、さらに工場の奥へ逃げ、ある一室に入り込んだ。
「イヤーッ!」
その部屋には双頭のライオンのような異形がいた。
「あ、あ、あ…こいつがメグやみんなを!」
� ��ルビは小さなナイフを何度も異形に突き立てる。
「ばか!死んじゃえ!」
「やめるんだ、ルビ!もう死んでいるじゃないか。こいつがメグを殺したのかもしれないが…死者を傷つけてもメグは帰ってこない」
「わかってる、わかってるけど!!」
「フフッ…、失敗作である異形をもって死者と呼ぶとは面白い人だ」
いつの間にか、異形の後ろに天使の姿をした金髪の男が立っていた。
男は不敵な笑みを浮かべながら、キツネに何故ルビを止めようとしたのかを尋ねた。
キツネが死者の魂を傷つけないためと答えると、男は大きな声で笑い出した。
「何がおかしい?」
「いや、これは失礼。異形の始末に来てあまりに思いがけない言葉を聞いたものでね」
キツネは一応、リエを見なかったかと聞 いてみた。すると、
「リエ…か。フフッ、彼女はすでに実験台として…」
男はそういい、天使の羽を優雅になびかせながら、去っていった。
「行ってしまった…」
ルビはその頃、床にリエの物と思われるペンダントを見つけていた。
リエがあの異形に殺されたのではないかと心配するルビ。
「ここには誰もいなかった」
その時、スズメが二人の前に現れた。
「ス、スズメ!無事だったのか!?」
「キツネ…、異形は何故生まれてくるのだと思う?人の欲望は、異形すら生み出してしまう。哀れで、愚かで、醜いことだ…」
「ま、まさか、人の妄想が…異形を生み出しているとでもいうのか!?」
とすると…リエは異形になってしまったのだろうか?
キツネがスズメに詰め寄ろうとする� ��、背後の扉からタスクが飛び出してきた。その隙にスズメは何処かへ行ってしまったようだ。
キツネはタスクに"天使"のことを聞いたが、タスクは契約に反するので答えられないと言う。
「僕たちは戻ります。上にはこう報告しておきますよ。"何も異常はありませんでした"って」
「すまないな、タスク」
タスクが去っていったのを確認して、キツネとルビは先ほどの天使が使ったと思われる、更に地下へと続くはしごを下り始めた。
穴は結構深い。
中ほどまで進んだ時、大きな揺れが二人を襲った。
キツネたちは揺れで下へ落ちてしまった。
真っ暗なので懐中電灯をつけると、地面に白い羽が落ちているのが分かる。二人はその羽根をたどって空洞の中を進んでいった。
しばらく進むと、足元が川のようになってきた、それに何か音が聞こえる。
「マズいな。地下水が流れ込んだんだ。走れ、ルビ!水に飲み込まれるぞ!」
しばらく走り回ったが、適当な避難場所は見つからない。
「こっちよ、キツネ!」
ルビは小さな縦穴を見つけたらしい。
「よく見つけられたな、こんな目立たない穴」
「…うん、だって知ってたから、ここにあるの…水が来るわ!はやく上って!」
「あ、ああ…」
キツネがはしごを駆け上がると、狭いパイプ上の空間にものすごい勢いで水が流� ��込んできた。
二人が上った先は、奇妙な小部屋だった。
「この部屋は神様の悲鳴が聞こえないようにできてるのよ」
そういい、ルビはキツネにヘッドホンを差し出した。ここ――神経塔ではこれをつけてないとバロックになってしまうらしい。
キツネは素直にヘッドホンをつけた。
「…こっちよ」
ルビの案内で神経塔内を進む途中、ルビは自分の目的がキツネをここに連れてくることだと語った。
ルビに連れられた先にいたのはスズメだった。スズメは医者の着るような白衣を着ていた。
目つきも話し方もしっかりしていて、バロックのそれとは明らかに違う。
「スズメ、何故お前がここにいる!?ここで何をしているんだ!?」
「俺はタランテラのメロディを探るうち、親父の犯した罪� �知った。決して許されざる深い罪を…」
スズメはキツネをこれから"悪魔"のところへ連れて行くという。
キツネはルビのほうを向いた。ルビは倒れていた。もう息もしていない。
「彼女の役目は、もう終わった。あとは静かに眠らせてやるがいい」
キツネはルビの亡骸をその場に寝かせ、スズメの導きに従って、部屋の奥の扉をくぐった。
キツネはリエに駆け寄って、体を激しく揺さぶったが、目覚める気配はない。麻酔か何かで眠らされているようだ。
「いったい、誰がなんのために…?」
キツネがスズメに尋ねようとした、その時、
「スズメか、久しいな…」
白衣姿の初老の男がやってきた。スズメは敵意をむき出しにして男を睨み付ける。
「わたしを手伝いに来てくれたのか?だったら、またあのころのように…」
「ふざけるなッ!」
スズメが珍しく大声で怒鳴る。どうも、この男――橘泰造こそが、人間を異形に変えた張本人らしい。
「誤解するな、スズメ。好きでやっているわけじゃない。結果としてそうなってしまっただけのことだ」
「…母さんのことも、その一言で片付けるつもりか?」
スズメは語る。スズメの母は知覚として生まれ変わるための実験台として、脳に感覚球を移植されてしまったらしい。そして…
橘博士は反論するが、スズメは聞く耳を持たず、博士に銃口を向けた。そして、引き金を引いた瞬間――
ドンッ!
1発の銃声が鳴り響き、スズメの手から銃が弾けとんだ。
「そこまでだ、鈴木…いや、橘の息子と呼ぶべきか」
「上級天使…!!」
キツネがケテルで会った金髪の天使は橘博士の研究が完成すれば、感覚球に侵された細胞を正常化させ、これ以上異形を生まなくなると言う。
「それまで、どれだけの人間を犠牲にすれば気が済むんだ!?人間をモルモットにするのはやめろ!!」
「モルモットとは� �葉が過ぎるな。アサキやレイカ、それにミサ…彼女達はみな、立派な殉教者だよ」
さっきケテルで会った時、上級天使は異形のことを"失敗作"と呼んでいたはずだ。
上級天使は銃口をキツネたちに向けたまま、橘博士に実験を続けるよううながす。
スズメは上級天使に聞こえないよう小声でタランテラのメロディを再生するよう言った。
『タランテラのメロディは神の旋律…鳴らせばみんな、踊る病気から目覚めるわ』
「ルビ、生きてたのか、ルビ!!」
キツネはルビに呼びかけるが返事はない。
上級天使は実験を再開しようとしない橘博士に再びうながすが、橘博士は断った。
「この役立たずめ!息子の戯言に心を動かされおって!」
上級天使は怒りに顔を歪ませ、持っていた銃の台尻で 橘博士を殴りつけた。その隙にスズメは上級天使にタックルをしかける。
「今だ、キツネ!」
キツネは再生装置へ走った。上級天使はキツネを撃とうとするが、怒りで手が震えてキツネには当たらない。
「やめろ!やめるんだあッ!!」
キツネは怯える上級天使の顔を見つめてから、ゆっくりと再生ボタンを押した。
『緊急事態。最深部のシステムに異常発生。循環液が流出します。』
突然、警報が鳴り響いた。すると上級天使は耳を押さえて床にうずくまった。
『逃げてキツネ、塔の中が洪水になる』
「お前はどうするんだ?」
『私はとっくに死んでるの。スズメさんは……逃げることを選べば自分で逃げられるはず』
ふと見ると、スズメと博士の姿はすでになかった。
キツネはリエを背中におぶって駆け出した。
「大丈夫だ、もうすぐ帰るからな」
リエへの励ましのつもりだったが、半分は自分に向けて言ったのかもしれない。
「パパ、ママ…ごめんなさい…」
それだけつぶやく� �、リエは再び意識を失ってしまった。
階段を駆け上がりなから、キツネは思った。
父親の犯した罪を知り、それを償わせようとしたスズメ。最後に天使への協力を拒み、みずからの非を認めた橘博士。ふたりが和解できる日は、来るのだろうか?
スズメは自分で逃げられるはずだと、ルビは言った。そのとき、かたわれに橘博士の姿があることを祈ろう。
キツネは最後の力をふりしぼってスピードを上げた。
階段も一階あがるごとにメロディに崩されていくようで、ついに音と水とにのみこまれる。キツネは意識がタランテラのメロディと混じり合い、水に溶けかされていくのを感じた…
「また、同じようなバロックね。なんか、バロック屋って簡単にできそう」
退院してからというもの、リエは毎日キツネのやってくるようになった。神経塔にいたときの記憶がほとんど失われているのが気がかりではあるが、体の方はもう心配ないようだ。
「素人が口出すんじゃない。ジャマするなら、つまみ出すぞ!」
「いいじゃん、別に。それよりさ、これ見てよ。可愛いでしょ?」
リエはまるでランドセルのように、背中に小さなフェイクの翼を背負っていた。
どうも"選ばれ"てっしまったらしい。リエは神の言葉を伝える、予見の才能があるそうだ。
「多由良アミって子が、テレビでこんな風にやるんだよ」
リエは目を閉じ、両手を 顔の前で組んで祈るようなポーズをとった
「扉が見えます。光の扉です......」
リエ編(終)
■アミ編・レイカ編・第1章
「今はいない。君がそうなってくれればうれしいんだが…」
「…ふふふっ、アハハハハハハハッ!あなたってジョークがとってもお上手なんですね」
アミがキツネに話しかけたのはキツネの"未来"が見えたからだと言う。
「あの、さっき言ってたこと本当なんですか?ゼロ地区の化け物を探すって…」
何故知っていると問うキツネ。
立ち聞きしていたと答えるアミからは淡いジャスミンの香りが漂ってくる。アミは体質的にジャスミン以外の香水は受け付けないらしい。
アミはキツネにゼロ地区へ行くと、キツネとキツネの大切な人にとってよくないことが起こると忠告した。
"何故、そんなことがわかるのか?" とキツネがアミに尋ねようとすると、
「あっ、あの子…!」
アミは通りかかった少女を追って行ってしまった。キツネもその後を追う。
アミは外科の診察室の前で聞き耳を立てていた。どうも少女に死相が見えたらしい。
キツネも一緒になって覗くと、診断結果を告げる医師と上半身を露わにした少女がいた。
――い、いまのは…!?
「あなたたち、何してるの!」
「マズい、逃げるぞ、アミっ!」
背後からの声にキツネたちは慌てて逃げ出した。
「見たか、あの子の背中?」
「一瞬だったから、はっきりとは…」
少女の背中には生々しい傷が二つ刻まれていた。もしも天使が本当にいて、翼を引きちぎられたらこんな傷痕になるのではないだろうか。
そのうちアミのマネージャ� �がやってきた。
アミはもう一度キツネに注意を促すと、マネージャーに連れられて去っていった。
「どちらまで?」
「えっと、通常地区の…」
「ゼロ地区!」
突然、少女がひとり、隣に乗り込んできた。
「何するんだ、君は。ゼロ地区に行きたいなら、他の車を拾えばいいじゃないか。さあ、降りた、降りた」
「ふぅーん、そういう態度取るわけ?…わたし知ってるんだ、オジさんの正体」
――まさか私がバロック屋であることを!?
どうせハッタリだろうが、もしもがある。警察に密告されたら厄介だ。
「負けたよ、ゼロ地区へやってくれ」
「わかりました。でも手前まででカンベンしてくださいよ」
キツネは少女に何で自分がバッロク屋だとわかったかを聞いてみた。
「バロック屋?オジさん、ス トーカーじゃなかったの?」
少女はスズメの家に向かう途中、キツネをストーカー呼ばわりした少女で、病院で診察されていた少女だ。
少女――ルビはグログロ殺人事件で死んだ友人に花を届けに行きたいらしい。
リエの言っていた事件の生き残りがルビで、背中の傷もその事件でできたものだそうだ。
キツネはゼロ地区へ着くまでの間、ルビにこれまでのいきさつを話した。
「お客さん、この辺でいいですか?」
「ありがとう、領収書を頼むよ」
雨の中、二人はゼロ地区のとあるビルに入っていった。ここが事件現場らしい。
そこで上半身は裸の女だが下半身は茶色の泡に覆われた異形に襲われ、それをなんとか撃退。
二人は大急ぎでビルから出た。
外は雨。これなら異形も追ってこれないだろう。
どこからか聴きなれない警報が聞こえてきた。キツネは何か嫌な予感がするので音から遠ざかるように進んだ。
ゼロ地区を出ようとする二人の耳に銃声が聞こえた。
「誰かが襲われているのかも!」
そう言い、ルビは銃声の聞こえてきたほうへ駆け出した。追うキツネ。
そこにいたのはスペシアル・ハンターの高田タスクと名乗る男と異形の死� �だった。
しばらくすると、数人の男がやってきて、異形の死体を解体し始める。
あらたか解体し終えると、男達のうち、リーダー格の者がキツネたちの元へやってきた。
男は自分のIDを示し、二人にもIDを提示するよう求めた。男のIDには特別公務員の印があった。
キツネは仕事柄用意している表向きのIDを示す。
「本部に照会しますので、こちらでお待ちください」
男が向かった先にいたは、宙に浮いた瞳をしたアミだった。
――バロック…なのか?
「…ディの…呪縛を…」
そのアミはさっき病院であった少女とはまるで別人のようであった。
「彼女も保護したんですよ。今夜」
男はそういうとキツネにIDを返却する。
その時、ウッウッと、キツネの背後でルビが嗚咽をもら� �た。バラバラにされている異形のために泣くルビに、キツネはかける言葉が見つからなかった。
事務所に帰ってきたキツネは逃げ回る際、雨に濡れたせいで風邪を引いたらしいルビに風邪薬を飲ませた。
キツネは体を暖めてすぐに寝るよう告げると、そのままルビをタクシーで家に帰らせた。
異形と戦ったあの日以来、ルビはキツネの元に入り浸っていた。
時々ルビが持ってくる情報を捨てがたいキツネは、鬱陶しいと思いながらも出入りを黙認していた。
今も二人で何か言い争いをしていたところだ。そこへ客の姿が。
「…アミ?」
やってきた少女はアミだった。アミは事務所に入るや否や倒れこんでしまう。
キツネは慌てずアミを抱き起こした。その時アミの付けている香水がジャスミンじゃないことに気がつく。
アミは自分はラベンダーの香水しかつけないというが、病院であったときは確かにジャスミンの香水をつけていたはず。
バロックになったからといって体質までは変わるはずないのだが…これはおかしい。
それにアミはキツネとは� �対面だともいう。
「…あの、少し先のことが分かってしまう人間のためのバロック置いてありますか?」
「…お探ししましょう。検索用のキーワードとして、もう少し詳しく、バロックの特徴をお願いします」
アミがいうには、突然、目の前が白く光って、その向こうに扉が見えるらしい。扉の向こうには未来があり、扉を選ぶことで、その未来が確定するそうだ。
ちなみに他人の未来を予見すると必ずその通りになるそうだ。
ここに来る途中もキツネとここを予見したらしい。
「でも、ここへ入ってきたとたん、次の未来が見えたんです。わたしは死ぬか、怖い思いをするか、今のわたしと別人になるか…ああ」
アミは自分はいつも最悪の選択しかできないと嘆く。
キツネはアミの話を元に真実� �神マアトをモチーフにした物語作り上げ、それを印刷し、アミに渡した。
「これでメロディの呪縛からやっと…。確かにこれ、わたしのバロックです。ありがとうございました」
アミは丁寧にお辞儀をして、規定の料金とチケットのようなものをキツネに手渡し、去っていった。
机の下に隠れていたルビは、アミが去ったのを確認すると、ソファーに寝転がった。
「キツネ、テレビとか見ないでしょう」
「滅多にな」
どうも、アミは驚異の予知能力者としてスペシャル番組によく出る有名人らしい。
アミが置いてったチケットはその番組への招待状みたいだ。
キツネはせっかくなので番組観覧に行くことにした。ただし、遊びに行くのではなく、アミについて引っかかることを確かめに行くためだ� �
アミがバロックになった理由。いつの間にか変わった体質。そして去り際に残した言葉――メロディの呪縛。
「うーん…思い出した!アミにはたしか双子のお姉さんがいたはずだわ」
その姉の名はアサキ。小さい頃はアミよりアサキのほうがワイドショーで騒がれていたらしい。ただ、今は行方不明なんだとか。
「さっきの少女はアミではなく、アサキだって言うのか?」
「一卵性の双子なら、見分けつかなくたって不思議じゃないでしょ?」
テレビ局へ行けばアサキに関する資料が手に入るかもしれない。二人は事務所を後にして、テレビ局へ向かった。
キツネは管理用のパソコンを使い、その中からアサキが出演している番組のテープを見つけ出した。その時、誰かが近づいてくる音が。
「どうしよう、キツネ…」
「シーっ、動くな、じっとしてろ」
――ピロロロロロッ
「電話…!?クソッ、誰がこんな時に!」
キツネはとにかく電話に出てみることにした。
『わたし、アミです。お話しする時間ありますか?』
「今はムリだ。後でこちらからかけ直そうか?」
アミは自分からまたかけるとだけ言うと一方的に電話を切った。
間一髪、警備員は電話の音を空耳だと勘違いしてそのまま去っていった。< br/> ふと時計に目をやると収録開始の時間を過ぎていた。二人は急いでスタジオへ向かった。
二人がスタジオに到着した時、もうすでに番組の収録は始まっていた。ただアミの出番はまだのようだったので、キツネはそれまでの間アミとアサキの関係について考えてみることにした。
ルビはアサキとアミが入れ替わっているという推測を立てたが、それから一歩進めて二人が同一人物ではないかという仮説を立ててみる。
ただし、これだと体質がいきなり変わったことや何故一人二役を演じるのかという謎が解けない。
「ほら、アミの出番だよ」
キツネはいくら考えてもらちが開かないのでこの件はあとで資料を見ながら考えることにした。司会者の紹介と共に現れたアミは、
「扉が見えます。光の扉です…� �
という、予見を行う時の決まり文句を言い、祈るような形で集中し始めた。しかし、なかなか次の言葉がでてこない。それどころか「見えない」と叫び、ステージを去っていってしまった。
キツネたちもアミを追ってスタジオを出た。
アミの控え室にやってきた二人。部屋の中は無人だった。
そこで、ルビがキツネ宛ての小包を見つける。小包の中には小鳥の死骸と一通の手紙が入っていた。
『マアトの天秤の重みです』
手紙にはその一言だけがつづられていた。キツネの頭の中に嫌な考えがよぎる。
「とにかく、VTRを見てみよう。そこから突破口が開かれるかもしれない」
「でも、このテープって家庭用のデッキじゃ再生できないよね?どうするつもりなの、キツネ?」
キツネはスズメに相� ��することにした。スズメのところになら再生用の機材があるだろう。
キツネはスズメのいる病院に電話した。しかし、担当の黒川医師によるとスズメは失踪してしまったらしい。
――しかたない無断で借りるか。
二人はテープを再生するためにスズメの部屋に行くことに。
キツネは心の中でスズメに侘びながら、邪魔な機材を片っ端から放り投げた。
「…これだ!」
目的のデッキがようやく姿を現す。何とか使えるようだ。
無事だったパソコンを立ち上げ、ビデオのコントロールアプリを起動させ、テープをデッキに入れ再生すると、モニターにアサキの姿が写る。
『扉が見えます。光の扉です…』
アミと同じ決まり文句だ。アサキのコーナーは番組のメインだったようで、大物芸能人もゲストとして参加していた。
その後、アサキはいくつかの予見を行ったが、アサキとアミが同一人物であるという証拠を発見することはできなかった。
「ちょっと待って、キツネ!」
[橘博士の実験室]
一人の男がスタジ� �に現れた。どうやらアサキの能力に関わる科学的考察を述べているようだ。
やがて画面は大学の研究室のような場所へ切り替わった。
「…スズメ!?」
橘博士の助手として紹介された人物は年こそ若いが確かにスズメだった。
「ねえ、キツネ。博士のスーツの襟についてるあれ、ケテルのマークじゃない?」
多由良アサキ、ケテル製薬、そして鈴木キツネ。
何が三者を結び付けているのか…?
「このファイル『キツネへ』って書いてあるよ」
ルビの指す先には確かキツネ宛てのファイルがある。クリックするとパスワード入力画面が現れたので『BAROQUE』と打ち込んだ。
『俺は知覚というシステムを追っている。その絡みで集めたネタを見せてやる』
政府機関へのハッキングは何度目だろうか。しかし、ようやくシッポを掴んだ。
『知覚/感覚球調査中間報告』(内容はルビ編のと同じなので割愛)
付属の写真には偽物の翼を背負った若い男が写っていた。
キツネはフミの言葉を思い出した。感覚球・天使・異形。翼を背負った人間の姿――天使。
4月12日雨
手に入れた数少ないデータを徹底的に調べ上げた。特に画像データからは思わぬ収穫があった。
<<多由良アミ>>
姉妹超能力者としてカルトマニアの間では有名。姉アサキの死亡後、彗星のごとく現れた。
<<最近のアミの予見>>
"光に影さすとき、メロディの呪縛は無に還す"
彼女と知覚とに密接な関わりがあるの は間違いない。明日からはアミを調査対象にする。
「画像データにアミなんて写ってたか?」
「羽の後ろにいる子じゃない?」
4月19日曇り
彼女のバックについている組織をつかんだ。
<<マルクト教団>>(内容はルビ編のと同じなので割愛)
スズメの日記は「マルクトは怖い。マルクトに気をつけろ!」で終わっていた。
ルビが床に真っ白い羽が落ちているのを見つける。スズメはマルクトにさらわれたと言うのか?
「んっ…!」
画面の下に『タランテラのメロディ』というファイルがある。キツネは念のため、それをディスクにコピーしておいた。
その時、突然携帯が鳴り出した。
相手はアミだった。アミは「メロディの呪縛を断ち切るためマアトに会いに行く」と� �って一方的に切ってしまう。
キツネはバロック屋としての経験からアミの身が危険に晒されていると直感した。
――アミはゼロ地区にいる気がする。だとすると早くせねば…
キツネとルビは大急ぎでゼロ地区に向かった。
夜のゼロ地区は、不気味なまでに深い闇に包まれていた。
「ゼロ地区といっても広いよ。あてはあるの?」
アミからのメッセージは"メロディの呪縛を断ち切る"だった。
これから連想されるのは自由や開放だ。究極の自由、究極の開放とは、つまり"死"だ。
「止められないのかな?」
「本人が望んでいる以上、誰にも止める権利はない」
「…冷たいのね」
しかし、キツネにはアミに聞きたいことがたくさんあるし、人を見殺しにするより助けるほうが気分が良 い。
その時、すぐ傍で悲鳴が聞こえた。
二人が向かった先にいたのは宙に浮く臓器の塊のような異形とアミだった。
(アミ編2をクリアしているとここで選択肢が出てアミ編1とレイカ編に分岐する。
未クリアだと選択肢がでないので強制的にアミ編2へ進む)
「逃げるんだ、アミ!」
「キツネさん、これが私の開放なのです。"知覚"としての使命はいずれ次のわたしへと引き継がれるでしょう…」
そうアミが言い終わるや否や、異形はアミを噛み殺してしまう。
「イヤアアアアアアア!」
目の前に広がる無残な光景を正視できずにルビは泣き崩れてしまった。
「ア、アミが…アミが…!アミィーーーーーーッ!!」
その後、二人はスペシアル・ハンターに救助されたがアミは二度と還らぬ人になってしまった。
あの日以来、ルビはキツネの前に現れなくなった。
アミを失ったことでようやく繋がりかかった糸が切れてしまったように思えた。
キツネがフミの登場から始まる一連の出来事を忘れかかった頃、何気なく見ていたテレ� ��の1シーンに目が釘付けになった。
"それ"はとても信じられないような、ありえない光景だった…。
「それでは始めてもらいましょう。多由良アミによる予見です!」
アミ編2(終)
<銃で戦うを選択した後>
異形はアミに近づこうとしている。
キツネはとっさに異形を撃ったが、弾は異形の背後の壁に当たって跳ね返った。
「逃げるんだ、アミ!」
アミはキツネの方へ振り返り、さとすようにつぶやいた後、異形に食い殺されてしまった。
「イヤアアアアアアア!」
目の前に広がる無残な光景を正視できずにルビは泣き崩れてしまった。
異形はアミを食べることに夢中になっている。
「今なら逃げられる!ルビ、立つんだ!」
「だって、アミが…」
キツネはルビの頬を叩いた。
「しっかりしろ、ルビ。…立てるな?」
ルビはコクリとうなづいて立ち上がった。
二人はじわじわと異形との距離を開いていった。
しかし、異形は空高 く舞い上がりキツネたちの行く手を塞ぐ。
「くそッ!」
キツネは異形に向けて銃を構えたが、銃は異形の牙に弾き飛ばされた。
「むざむざ死んでたまるか!」
キツネは諦めず、銃めがけて飛んだ。だが、銃を構えて振り向くと、そこに異形の姿はなく、数枚の白い羽だけがある。
「この羽、スズメさんの部屋で見たのと同じじゃない?」
マルクトの天使が助けてくれたというのか?
二人はゼロ地区の外へ向かって走った。
「脱出成功…だね」
ルビは努めて明るく振舞っているようだ。と、その時、
「ア、アミ!?」
ゼロ地区の闇の中見えたのは、確かに多由良アミだった。
アミの背の純潔をあらわす天使の羽が街灯の光を受けて輝く。
キツネは必死で後を追ったが、アミはそ のまま闇に溶けるように消えてしまった。
「アミは本物の天使になっちゃったのかな?」
キツネはアミの最後の言葉を思い出した。
知覚としてのアミの役割は終わった。だが、"次のわたし"とはいったい…?
「アサキって本当に死んだのかな?」
仮にアサキが生きているとすれば、この不可思議な現象にも一応の説明がつく。だが…。
「アミは病気で通院していた。もしかしたら、そのことが何か関係あるのかもしれない」
二人は手がかりを求めてコクマ記念病院へと向かった。
スズメが倒れた時に担当した医師は脳神経外科の医師だった。もしかしたらアミの担当も同じかもしれない。
「じゃあ、その人の部屋を探しましょ」
少し歩き回ると、ドクター黒川の部屋はすぐに見つかった。
二人は誰も来ないうちにと急いでアミのカルテを探し始めた。
「あった。ほら、これでしょ、キツネ」
カルテにはMRI(レントゲンのようなもの)がついていた。
「脳腫瘍だな。それもかなりデカい」
「案外、予見の力がその病気のおかげだったりして。…ってあれ!?ねえ、キツネ。アサキのカルテもここにあるわよ」
「…どういうことだ?」
――カッカッカッカッ
ライトの光が差し込んでくる。警備員だろうか。
キツネがしゃ� �みながら入り口の死角に移動しようとしたその時――
――ドドドドドドド…ゴオオオオオオ!!
大きな揺れが二人を襲った。体重の軽いルビはあちこちに頭をぶつけている。
「もう、いい加減にしてッーー!」
ヒステリックにルビが叫ぶと、揺れはウソのようにおさまった。
「やるじゃないか、ルビ。おまえの怒りが届いたんだぞ、きっと」
ルビは乾いた笑い声を上げて、床にへたり込んだ。
キツネは床に手をついたままの姿勢で、アサキのカルテを見た。
"――発達した脳腫瘍のため――19XX年4月27日死亡"
「死んでる…行方不明なんかじゃない。アサキは死んでたんだ…」
「じゃあ、わたしたちがさっき見たのは…」
アミとアサキのMRIは腫瘍の位置から大きさまで全てが� �気味なほど一致していた。
『先ほどの地震の震度は…』
派手な揺れからをしたわりには、国内の被害はたいしたことなかったらしい。
だが、どうやら海外では大きな被害が出たようだ。
「あそこに住んでた人にとっては世界の終わりだね」
ルビがチャンネルを次々と替えて各局のニュースを見比べていると、あるワイドショー番組で手が止まった。
「キツネ、これ…」
キツネの目はテレビの画面に釘付けになった。
今回の地震を予見していたことについて死んだはずのアミがコメントしていたのだ。
アミは確かにキツネたちの目の前で死んだ。アサキも脳腫瘍で亡くなっている。
なら、ブラウン管の向こうの少女はいったい何者だ?
もはや、本人に直接会うより他に確かめる方法はない。
「生放送よ。今から行けば間に合うわ」
「12チャンネルだったな。あまり時間がない。タクシーで行くぞ」
TV局前でアミがタクシーに乗るのを見かけた二人は、そのままアミの追跡を続けていた。
アミを乗せたタクシーが、特別地区と通常地区をつなぐブリッジのあたりで止まる。
二人もそこで車を降り、走ってアミを追った。
ルビがアミの行く手を指した。その先に赤々とした燃えさかる炎が見える。
炎の向こうにたくさんの人影があり、キツネが近づくと、その人影は突然雄叫びをあげ始めた。
…これは巧妙に仕組まれた舞台だ。暗がりの中でほのかに揺らめく炎、一体感を高めるための雄叫び、それらがもたらす軽い興奮状態――集団催眠。
「マルクト…!」
天使の翼が、炎で赤く輝いている。
「囲まれちゃったみたいよ」
「キツネ、来たんだね」
振り返ると、いつの間にか見覚えのある少年――フミが立っていた。
背後からヤリを突きつけられ、集会の輪の中央へと連れて行かれたキツネは、フミにマルクトの目的は何かと尋ねた。
「…僕の役目� ��キツネを見ていること。それ以外のことは彼に聞けばいい」
フミの視線の先に、他の信者とは比べものにならないほど大きな翼を背負った金髪の男が立っていた。上級天使だ。
「大災厄は起きた!神より預かりし言の葉が現実となったのだ!!」
どうやら例の地震を預言したということらしい。実行者はもちろんアミだ。
「神は全知全能ゆえに孤独な存在だ。ならば神を守る我らマルクトは、その孤独をも癒そうではないか!」
「神の名のもとに!」
上級天使の呼びかけに応じるようにひとりが叫び声を上げた。次々と他の信者も気勢を上げる。
「そうだ!今こそ我らと神がひとつになり、孤独を癒してやるときがきたのだ!!」
「オオー!!」
「神が我らに捧げし、さらなる言葉を伝える。…新� �な天使…金沢キツネに最後の試練を与えよ!」
――私が天使だと…!?どういうことだ!洗脳でもするつもりか!?
上級天使の言葉に従い、ヤリを構えた信者達がキツネたちに迫ってくる。
二人は信者たちの群れを目掛けて全力で駆け出した。
ぶつかり倒れた信者を乗り越えて、包囲網を突き切ろうとした瞬間、信者のヤリがキツネを打った。
その衝撃で、キツネの意識が遠のいていく…
「いったい、何処なんだここは…?」
ルビの姿は見えない。どうやら別室に連れて行かれたようだ。
――カッカッカッカッ
「誰だ!?」
「驚かせてしまったようだな。すまんすまん」
現れたのは翼のない白衣姿の初老の男だった。
男は"悪魔に魂を売った科学者"と名乗った。
どうやらここはマルクトの本部である神経塔という場所らしい。
男はマルクトに呼ばれてここで研究をしているとのことだ。…何者だろうか?
キツネがアミについて尋ねると、男は表情を変えた。
「…知っているも何も、彼女は私の子供だ。法律上でも、遺伝学上でも認められはしないだろうがね」
「わかるよう に話してくれ!アミは何者なんだ!?マルクトは彼女を使って何をしている!?」
男はしばらく考え込んだ後、自分がアサキとはじめて会った時の事を話し始めた。
十数年前、アサキは脳を感覚球に侵されていた。
アサキは感覚球と接触することで予見の能力を手に入れたが、代わりに命を縮めてしまった。
マルクトはアサキが予見する出来事を神の言葉と偽って、信者を獲得するために利用した。
「だが、アサキは死んだ」
「そうだ。それがわかっていたから、マルクトは私を呼んだ。アサキがいつ死んでもいいように、知覚のバックアップを…」
「そこまでだ、ドクター橘」
突然、やってきたマルクトの信者たちは、男を突き飛ばした後、キツネの両腕をがっしりと拘束し、頭にヘッドホンのよ うなものを被せた。
神経塔ではこれをつけてないとバロックになってしまうらしい。
「出ろ、金沢キツネ。上級天使さまがお呼びだ」
キツネはおとなしく信者達に従って、何処までも続くらせん階段を下へ下へと下りていった。
部屋の前にはルビがキツネと同じように信者に連れられていた。信者達が中に入るよう目で促す。
「わかったから、そう急かすなよ」
ひと言だけ文句を言ってから、キツネは部屋の扉を開けた。
「小鳥は気に入っていただけたかしら?」
部屋の中にはアミ、いやひとりの少女がいた。
「君の事はいろいろと調べされてもらったよ。けど分かったことは一つだけだ。君はアミでなければ、アサキでもない。
…もう教えてくれていいだろう。君はいったい誰なんだ?」
少女は目を閉じてゆっくりと話し始めた。
マルクトは知覚の開発に成功したものの、知覚であるアサキの体が感覚球の侵食に耐えられなくなってしまった。
そこで、遺伝子工学の権威である橘博� ��を招いて二つのテーマについて研究させることにした。
一つは感覚球に侵された細胞の正常化。そして、もう一つはオリジナルであるアサキのコピーを造ること。
「つまり、君やアミは…」
「ええ…クローンです」
「クックックックッ…」
闇の向こうから男の笑い声が聞こえてきた。
「金沢キツネ。やはり貴様は失敗作だ」
「おまえたちのような堕天使に言われたくない」
「堕天使…か。まあ、好きなように呼べばいい。いずれにせよ、貴様の運命はもう決まっている」
声の主は銃を構え、キツネに狙いを定めた。
「最後のはなむけだ。私の偉大な発明を披露しよう…見るがいい。これが知覚培養システムだ」
男の声と共に部屋が明るくなる。
不気味な球体――感覚球から伸びる� �百本の触手が横たわった少女たちの精気を吸い取るように脈打っていた。
少女たちはみな、アミと同じ顔、同じ姿をしている。
「お気に召したかな?」
球体の後ろには、いつの間にか上級天使が立っていた。
「こ、こんなこと許されると思っているのか…!!」
「心配する必要はない。痛みは一瞬だ」
銃の引き金にかかる指に力が入る。
「銃を離せッ!」
「スズメッ!」
それは病院から失踪したはずのスズメだった。
「スズメ…どうして。おまえがここに!?」
「何、オヤジの尻拭いをな」
「オヤジ?」
「その話は後だ。今は生きて帰ることだけに専念しろ」
「フフフッ、…帰れるつもりでいるのか?」
上級天使は不敵な笑みを浮かべて、
「キャーッ!」
クローン� �少女を抱え、そのこめかみに銃口を突きつけた。
「銃をよこしてもらおうか。こいつを傷つけたくなければ、な」
「何をするんだ、キツネ」
「たとえクローンでもあの子は人間だ。 身殺しにするわけにはいかない」
「貴様ならそうすると思っていたぞ」
上級天使は銃をこちらに向け、少しずつ近寄ってくる。
「キツネ…タランテラのディスクを持ってるか?」
「あ、ああ」
キツネはポケットのふくらみをスズメに示した。
「よし。何とかヤツの隙を見つけて、それを再生するんだ。あそこに再生装置がある。合図をしたら突っ走れ」
「だ、だが、どうして…?」
ルビが横から口をはさんだ。
「タランテラのメロディは神の旋律….鳴らせばみんな、踊る病気から目覚めるわ」
「なにをゴチャゴチャ話している?ムダなあがきはやめることだな」
上級天使が銃の引き金を引こうとしたその時――
「扉が見えます。光の扉です…」
「なにッ!?」
上級天使はクロー� �の少女の方を振り返った。
彼女が口にしたのは、アミが予見を行うときの決まり文句だ。
「未来を持たぬ者の手で天使の翼を引き裂かれる。神は争いを嘆き、その涙は地を洗うことになろう…」
「バ、バカなっ!そんな予見があるはずはない!取り消せ!いますぐ取り消すんだッ!!」
少女の言葉を聞いて、上級天使はあきらかに動揺し、少女に激しく詰め寄った。
「予見は絶対です。 運命を変えることはできません」
「いまだっ、キツネ!」
スズメが叫ぶと同時に、キツネとルビは再生装置まで走り、タランテラのディスクをセットした。
「き、貴様らあ!!死ねッ!!」
上級天使が再び銃をキツネに向けた。だが、その手は小刻みに震えていたので、弾丸は狙いを外れ、奇妙な音を立てて壁にめり込んだ。
「くそッ!!おまえのせいだ!おまえがおかしな予見をしたから…!!」
上級天使が少女の首筋を掴んで締め上げようとしたその時――
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
培養システムから飛び出したクローン少女たちが、上級天使に一斉に襲い掛かった。
「く、来るな。こっちに来るんじゃない!」
ブチッ、ブチッという触手を引き千切る音が不気味に響く。
「メロディを 解放するんだ、キツネ!」
「待て!そんなことをして、どうなるかわかってるのか!」
次々現われるクローンの少女たちが、再生装置へ近づこうとする上級天使の行く手を阻む。
「なぜだ! おまえたちも神の言葉に従うのではないのか!」
「そう…。これが…予見さ…れた…未来…」
「キツネ…とうとうこの時が来たんだね。これはあなたが押して」
ルビが寂しげな表情でキツネを見つめた。
「バカな…。なんということを、何ということをしてくれたんだ!神は…神は、こんなことを望んではいない…!!」
ルビの様子がおかしい。ひどく顔色が悪く、いまにも倒れそうだ。
「わたしは平気。でも、アサキの妹たちが…」
ルビの視線の先に、クローンの少女たちが折り重なって死んでいた。
『緊急事態。最深部のシステムに異常発生。循環液が流出します』
「な、なんだ!?」
「うぅぅぅぅぅ」
上級天使は耳を押さえて床でうめいている。
振り返ると、ルビがコトリと倒れていた。
「ルビ…?ルビ、しっかりしろっ!ルビっ!!」
「逃げるぞ、キツネ!早くしろ!!」
「先に行け、スズメ!!」
� ��ズメは少しためらった後で、キツネの言葉にうなずいた。
「…オレはオヤジを探しに行く。おまえも生き延びろよ」
ルビはすでに冷たくなっていた。
「メロディのせい…なのか?ルビ、おまえ、こうなることを知ってて…」
ルビは何も答えなかった。だが、その表情に苦しみはなかった。
『わたし、キツネに会えてうれしかったよ。でも、もうお別れだから行かなくちゃ。じゃあね、バイバイ、キツネ』
「ああ…。私も楽しませてもらったよ」
ルビの声が聞こえたような気がして、キツネは心の中でひと言だけ答え、そのままルビの亡骸を横たえて部屋を出た。
足場がぐらつく中、ひたすら上を目指して走る。循環液とやらが、すぐ足元まで迫っていた。
橘博士も知覚の発案者である天使に利用されていたのだろう。
だが、マルクトのことなど、今のキツネにはどうでもいいことだった。
目の前で倒れていった少女たちに、何もしてやれなかった悲しみ、切なさ、そして悔しさ…すべての感情がキツネを支配していた。
そのうち、せりあがった階段につまづいて倒れてしまった。
「死ぬのか、こんなところで…」
不思議と恐怖はなかった。
メロディの解放と同時に漂いはじめたこの香りのせいだろうか?
『ジャスミンだよ、キツネ。…アミたち、喜ぶといいね』
「ルビ…か?」
返事は返ってこなかった。
アサキやアミ、そ してルビ。彼女たちは、もっと生きたかったに違いない。
メロディは少女たちへの葬送曲のように聞こえた。
キツネはまた走り続けたが、ついに音と水にのみこまれてしまう。その中でキツネは夢を見た。水は神の涙だった…
あれからキツネは相変わらずバロック屋を続けている。
変わったことと言えば、スズメと連絡がとれなくなったことくらいだが、まあスズメのことだ、そのうち戻ってくるだろう。
そう、日常はなにも変わらない。
日を追うごとに数を増やしている天使を見る限り、マルクトは健在なのだろうし、異形の被害も減少する気配は見られない。
"アミ"はいまもテレビに出ている。むしろ登場する機会が多くなったくらいだ。
テレビの彼女がアミの記憶を持っているのか、� �認する術はないがキツネはそれでいいと思った。
ただ、こうしてテレビでアミを見ていると、ルビもひょっこり帰ってくるような気がしてならない。
――どうやら、私がバロックの仲間入りを果たす日も、そう遠くはなさそうだ。
予見という名の十字架を背負い、知覚として生き続ける少女のために、キツネはジャスミンの香を焚いた。
煙の向こうで少女のくちびるがかすかに動く。
「扉が見えます。光の扉です…」
アミ編1(終)
■レイカ編・第2章
異形を前にしてアミは恐れることなく、笑いながら話しかけた。
「…わたし、もう疲れちゃった。今日ね、予見が出来なかったの。頭が割れるように痛くて…でも、マルクトの治療は受けたくない。
わたしはこのままの姿で開放されたいの。だからお願い、私を解放して…姉さん…」
アミの言葉に応じる異形の咆哮。
このままでは、アミが殺されてしまうのでキツネが飛び出そうとすると、何処からか金髪の天使が現れた。
「アミ、おまえの仕事はまだ終わっていない。予見の能力が消えたのは一時的なものだ。少し休めば、また蘇る。だから帰るんだ、私とともに」
天使はキツネを見てニヤリと笑い、
「金沢キツネ。貴様とは近いうちに� �た会うことになるだろう。その日を楽しみにしている…」
と言い、キツネが止めようとするのをかいくぐって、ふわりと舞い上がる。次の瞬間、
――ドドドドドドド…ゴオオオオオオ!!
大地が割れんばかりに揺れだした。
揺れがおさまった時、天使もアミも、そして異形までもその姿を消していた…
(ここから途中までルビ編とアミ編1の展開と似ているのでそこは省略しておく)
事務所へ戻ったキツネは、地震でパソコンが壊れてないか調べてみた。
電源をつけて壊れてないのを確認していると、メールが届く。マルクトから神経塔への招待状だ。
キツネ達は用意をしたらすぐに神経塔に向かうことに。
ニュースを見ながら、キツネは武器を荷物にまとめ、切り札であるタランテラのメロディが入ったディスクプレイヤーを装備した。
そして、メッセージをドアにかけ、二人は神経塔に出発。
夜の街の光景を眺めながら、勢力を増すマルクト教団とさらわれたスズメを心配し、二人はタクシーに乗り特別地区に急いだ。
特別地区はゼロ地区地は別の方向にある、国の中枢� ��関がすべて集中している場所だ。
二人が特別地区に向かって歩いているとアミらしき人物を見かける。
「待ってくれ、アミ!」
アミを追うと、たいまつの明かりの中で雄叫びを上げる天使の集団に囲まれてしまう。
「聞け、同志たちよ!」
キツネが声の方向に目をやると、そこには上級天使とアミの姿が。
上級天使が演説すると、信者達がそれに応じるように叫ぶというやりとりが続いた後、上級天使の代わりにアミが一歩前に進み出た。
「扉が見えます。光の扉です…。神の試練を避け、教えに背くものあり。ほころびを捨て置けば、神の翼はやがて朽ち果てるこのになろう…」
すかさず上級天使が信者をたきつける。
「神の守護者たる同志たちよ!いまだ目覚めぬ新たな天使、金沢キツネ� �最後の試練を!!」
上級天使の言葉に従い、ヤリを構えた信者達がキツネたちに迫ってくる。
二人は信者たちの群れを目掛けて全力で駆け出し、ぶつかり倒れた信者を乗り越えて、包囲網を突破した。
必死で逃げる二人に一人の信者が追いついてきている。
「待ってくれ、僕はあなたの味方だ」
その信者は上級天使ほどではないが、それでも他の信者より大きな翼を背負った青年だ。
「こっちです。僕についてきてください」
もとより、アミの行方について当てはない。しかたがないので、二人は青年を信じて走り続けることに。
どうもこれからマルクトの本部の神経塔へ向かうらしい。
「君が何者か、まだ聞いていなかったな」
「僕はマルクトの天使…いえ、いまはコリエルの一員と名乗るべきでしょうか」
コリエルとは、知覚を使って神の言葉を悪用する教団上層部のやり方に反発する者たちの集団、つまり、教団内の反主流派組織らしい。
「知覚は、それが完成される過程において、様々な犠牲を必要としました」
最初の知覚・アサキの死期が近づくと、上級天使は二つの計画を立案した。アサキのクローンを作る計画と、新たな知覚を作る計画だ。
アサキの予見能力が感覚球によるものだと突き止めた上級天使は、感覚球を人の脳に移植することで人為的に知覚を作ろうとした。
だ� �、感覚球は脳内で自己増殖をし、被験者を蝕んでいく。
マルクトは遺伝子工学を応用して治療しようとしたが、その結果、とんでもないものを生み出してしまうことに。
「まさか、それが異形…!?」
キツネはアミがゼロ地区で異形に向かって"姉さん"と呼んでいたことを思い出した。
「僕の恋人のレイカも被験者の一人でした…」
青年は無念そうに語る。
そして、キツネに知覚を上級天使の手から解放し、教団を本来の姿に戻すのを手伝って欲しいと頼んだ。
計画にはタランテラのメロディが必要で、それを再生するにはキツネの役目らしい。
「だが、どうして私が…?」
「キツネはメロディの呪縛を受けてないからよ」
ルビはそう言い、ヘッドホンのようなものをキツネに渡した。� ��経塔ではこれがないとバロックになってしまうらしい。
キツネはそれに素直にしたがって、神経塔へ足を踏み入れた。
神経塔内部に入った後、知覚を解放しに行く青年とメロディを再生しに行くキツネたちとで二手に分かれて進むことに。
ルビの案内で制御室に向けて進むキツネだったが、
「いたぞ、あそこだ!」「許すな、潰せ!」「神の名のもとに!」
途中でヤリを構えた信者たちに見つかってしまう。二人は制御室へ行くのを止め、逃げることにした。
どんどん増え続ける追っ手。キツネは信者たちの繰り出す攻撃を避けつつ、銃で威嚇しながら、さらに階段を下り続けた。
しかし、やがて前方にも信者達の姿が。
二人は手近な扉を開け、そこに飛び込んだ。
部屋の中央にあるベッドにアミによく似た少女たちが寝かされている。
「ルビ、どうしてここへ!?制御室へ向かえといったはずだ!」
部屋にはさっきの青年がいた。ということはこの少女たちが知覚らしい。
「私もうかつだったな。まさか、貴様がコリエルのリーダーだったとは」
上級天使はキツネたちを無視して、青年に向かって話しかけている。
「そうか、レイカだな。貴様、まだレイカのことを引きずって…」
青年が眉をピクリと上げた。
「レイカは僕の全てだった。レイカなしじゃ生きていくことなど考えられなかった。それを、それをあんな醜い姿に…!」
「逆恨みはやめてもらおう。感覚球の移植は彼女自身も納得した上で行われたのだ。私がどうこう言われ る筋合いはない」
青年はレイカは自分が知覚になれば青年の地位が上がると上級天使に騙されたと主張した。
だが、上級天使はレイカが知覚になれさえすれば約束は守るつもりだったと返した。
ただ、アサキ以外の全ての被験者が感覚球と親和性を示さなかったからこうなっただけで、騙すつもりはなかった、と。
「だから、許されるとでもいうのか!?その結論に至るまでに、おまえはどれだけの人間を異形に変えたッ!?」
青年の怒声が部屋中に響き渡る。
「マルクトの繁栄は全てを優先する。…邪魔者には死を!」
「くそぉーッ!レイカを…レイカを返せッ!!」
青年が飛びかかった瞬間、上級天使の放った銃弾は青年の首筋を貫いた。
「大丈夫かっ!?」
「せ、せいぎょ…室へ…行� �…メロ…ディの…解放…を…!」
青年は最後の力を振り絞ってキツネにそう伝えると息を引き取った。
「金沢キツネ…貴様は規格外の失敗作だ。将来、マルクトに害なる前に、私が処分してやろう」
硝煙の臭いも消えないうちに、上級天使は今度はキツネに銃口を向けた。
キツネも銃で応戦しようとしたが弾切れだった。いちかばちか、上級天使に向かって銃を投げつけてみる。
銃は上級天使の偽翼を突き破った。上級天使が舞い散る羽に気を取られている隙に、キツネは銃を奪い取ることに成功。
そして、上級天使を牽制しつつ、じりじりと交代してそのまま部屋を出て、制御室に向かった。
ルビが機械の一つに触れると、透明な茶色いふたが開いた。
キツネはそこにディスクを収め、再生ボタンを押した。
『緊急事態。最深部のシステムに異常発生。循環液が流出します』
「マズい、逃げるぞ、ルビ!」
振り返るとルビが倒れていた。そしてその体はすでに冷たくなっていた。
「メロディのせい…なのか?ルビ、おまえ、こうなることを知ってて…」
ルビは何も答えなかった。だが、その表情に苦しみはなかった。
『わたし、キツネに会えてうれしかったよ。でも、もうお別れだから行かなくちゃ。じゃあね、バイバイ、キツネ』
「ああ…。私も楽しませてもらったよ」
ルビの声が聞こえたような気がして、キツネは心の中でひと言だけ答え、� ��のままルビの亡骸を横たえて部屋を出た。
「キツネ、こっちだ!」
途中でスズメと合流し、それからしばらく一緒に走ったが、突然、スズメが足を止めた。
そして、ここから先はキツネ一人で行くように言う。
「オレにはやるべきことが残っている。コリエルの一員としての使命がな…。いいか、振り返らずに駆け上がるんだ」
スズメはそれ以上何も言わなかった。
「いつか、聞かせてもらうからな」
「ああ、上の世界でな」
キツネはもう振り返らず、ひたすら上を目指した。
階段も一階あがるごとにメロディに崩されていくようで、ついに音と水にのみこまれる。
キツネは意識がタランテラのメロディと混じり合い、水に溶かされていくのを感じた…
「もしもし…ああ、スズメか 。んっ、わかった。3時に行くよ」
あの事件から数ヶ月がたった。
マルクトは滅びず、むしろ前より勢力を増していた。
キツネには、マルクトの翼は不安な現実という地面から逃れるための翼に思えた。
スズメも以前のようにハッキングを続けており、たまに入手した情報をキツネに見せてくれていた。マルクトの動きを監視しているようだ。
スズメがいうにはアミは確実に生きてはいるようだ。救助した本人が言うのだから間違いないだろう。
キツネはタランテラのメロディを聴いてしまったため、語るべきバロックが終わっている。
…だがそれでも、キツネはバロック屋を続けている。
ルビとすごした時間を、自分の心に刻み込むために…。
レイカ編(終)
いくつか補足しておくと、
・バロシンの上級とバロック本編の上級天使は、性格的に言っても外見的に言うとほぼ同一人物。
ただし年代的に考えると少々無理がある。(アサキの死亡したのが2000年以前で大熱波が2032年なので)
・ルビ編3章で出てきた異形が元レイカさん(ブルガー)。
・PS2でリメイクされたバロックでバロシンの設定が一部使われているみたい。
タランテラのメロディも聞けるし。
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